ローカルのディーラーを支援するためのリージョナルな担当員とそのオフィスを設け、ディーラーの支援と双方向のコミュニケーションを強化した。
また、ディーラーのフランチャイズの権利の売買や取引条件の不平不満について、地区担当員と話をするだけでなく、社内に第三者を入れた仲裁機関まで設けて利害調整に当たった。
フランチャイズ契約をめぐる利害調整には、元来、自動車メーカーがディーラーという小売商業機関を販売流通の機関として扱うことからくる過剰介入の危険性と、他方では、取引流通のバッファーとしてディーラーを活用し、販売取引におけるリスク=売れ残るリスクと在庫発生のリスクの負担の割合をめぐってどちら側が主導権をとるかという、互いに矛盾する関係を内包している。
例えば、ヒット草が出た場合とそうでない場合とでは、メーカーの介入の度合いも違ってくるし、売りにくい車が出てくると、どうしても押し込み販売によるディーラーへのリスクの押し付けが起こりやすい。
だから、フランチャイズ契約を結んで責任引き取り台数を決めるとしても、それが簡単に売れない場合、それをディーラーの責任と考えるのかどうか。
また、メーカーにも一定の責任を認めて、在庫金融や卸売金融でそれをカバーするのかどうか。
要するに、販売取引上のリスクをメーカー、ディーラーでどう負担するかをめぐる意見の相違と利害の対立が起こりやすい。
とくにメーカー側が、フランチャイズ契約を打ち切る形で優越的地位を乱用する傾向がある時には、社内に設けた仲裁機関では、両者の利害調整は難しい。
さらにもうひとつ、両者の利害が対立するのは、メーカーがディーラーに対して、自社のブランドしか扱わないことを要求するのに対し、ディーラーの中には、複数のメーカーの車を併売したいと希望する者も多い。
ところが、それを認めると、メーカーにとっては自社ブランド製品の販売が落ちるし、GMのように5つもの差別化されたブランドのチャネル(流通経路)をもっていると、同一社内の革でも、高級車ブランドのキャディラックと大衆車シボレーの併売を認めれば、特定ブランドの差別性がなくなってしまう。
だから第2次世界大戦の前までは、ビッグスリーは今の日本と同様、ほぼ完全に車種ごとの系列販売をとっており、これに反した行動をとるディーラーは、フランチャイズ契約を一方的に解除されるのが常で、そのことが契約の中にも明記されていた。
もうひとつの自動車販売の現場で何が起こったのが?点としては、ディーラーがその販売権を他の第三者に譲る時は、メーカーの承認が必要であった。
そんなわけで、戦前はメーカーとディーラーの利害が対立した場合は、社内の仲裁機関だけで問題を処理したが、これではメーカーの優越的地位の基本は変わらなかった。
ところが、第2次世界大戦が終わって情況は激変する。
ひとつには、メーカーの優越的地位の乱用が、独禁法の公正取引の原則に触れるのではないかという疑義が生まれ、その時の世論が追い風となり、ディーラー団体NADAが中心となって全国的キャンペーンを開始した。
そして、たくさんの地方選出の国会議員を巻き込んだディーラーの権利を擁護するディーラー保護法、具体的には誠実法が1956年に制定され、さらに58年には、これをもっと詳細に製品の価格表示、品質、サービス内容について規定した自動車品質表示法が制定された。
そしてディーラーの商権保護については、それぞれの地域特性に合わせた州法が、これを規定することとし、この間題についてはディーラーが訴訟を起こし、その判決を慣習法的に流用して対応することになったのである。
他社ブランド併売の解禁と日本車の参入タ斤この誠実法に代表されるディーラー保護の動きは、ディーラーの商権の保護、営業権の譲渡と新規参入の自由化(ただし、既存のディーラーから10マイル以内の距離圏での新設は制限)を実現した。
とくにこの点に関連して、同一会社内の複数ブランドの取り扱いを除き(最近ではチャネル統合でこれもできるようになっている)、他社ブランドの併売も可能になった。
要するに、併売をするかしないか、専売ディーラーになるかならないかをディーラーが決めることになったのである。
興味深いのは、専売売りが徹底した日本ではほとんど不可能なディーラーによる併売、とくにアメリカ車と輸入車の併売ができたため、日本車が北米市場に進出するにあたっては、これが有利に働いたことである。
今は北米市場全体の40%のシェアに達する日本車も、輸出を始めた頃は、既存のアメリカのディーラーにアメリカ車との併売をしてもらった。
そのおかげで、シェアを伸ばすことができた。
今は日本車も専売比率が高くなっているが、これはディーラー自身が自主的に選択した結果である。
ディーラーのサービス機能重視やマージンの高さ、商品回転率の高さ、ディーラーヘルブスの質的向上。こういった日本車メーカー特有のサービスが支持されたからである。
このほか、アメリカの自動車販売システムの特徴としていえるのは、ディーラーの販売権が資産価値をもち、その転売が常態化していることである。
アメリカでは大都市郊外な自動車販売の現場で何が起こったのか?どで大規模ディーラーやオートモールなどがある一方、地方には小さなパパ・ママ・ストア的なディーラーで、2、3人くらいのセールスマンしかいない小規模ディーラーも存在し、ディーラーの商権が譲渡されることが日常的に行なわれている。
現にアメリカのディーラー統計には、ディーラーの商権売買による参入退出数が載っており、13万5000軒くらいあるディーラーのうち約2割は入れ替わっていると明示されている。
ちなみに、アメリカのフランチャイズディーラーは、地場資本の経営による限られたテリトリーで商権を保証された小規模ディーラーが多かったが、最近20年の間にメガディーラーやオートモールと呼ばれる新業態が出現するに至っている。
いずれも、たくさんのブランドを取り扱うディーラーの複合体であり、オートモールの方はアメリカ南部で急伸した家電、パソコン等の量販店のチェーンサーキットシティ″のアイデアを活かしたもので、大都市郊外100マイルぐらいのところに、東京ドームの10倍ぐらいはある大複合ディーラー用地を作り、場合によっては異業種-レストラン、映画館、百貨店、スーパーマーケット、専門店-も入居させて、流通業モールと自動車モールを組み合わせたものもある。
これによって集客力を高め、すべてのブランドの車のショールームを同居させて比較購買をやりやすくするものである。
以上、見たような新業態としてのメガディーラーやオートモールの出現は、ディーラーの大規模化と複合ブランドの品揃えの拡大にかかわるものであったが、これに対して今から10年以上前にIT情報革命が起こったことで、これを活用した新ビジネスモデルが登場しょうとしていた。
そのひとつは、州境を越えたフランチャイズの統合を試みるビジネスモデルで、流通の側が今までにない全国的な主導権を振るものとして注目された。
とくに、全国レベルのフランチャイズ350社以上の統合を進めた、フロリダに本社を置く「オートネーション」は、自動車流通の革命児として注目を浴びた。
このような全国規模でのフランチャイズの統合には、統一共同仕入れとチェーンオペレーションを統合し、サプライチェーンの全国的規模での管理と、小売レベルでの営業情報のオンライン化などが必要なため、IT情報革命の活用は必須である。

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